Workin.jp(ワーキン)ニュース|青函おしごとものがたり~青森編~


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青森編では、「函館出身の青森で働く人」として、派遣・イベント運営会社と介護会社の二社で社長の右腕として働く高清水勇子さんにインタビュー。 「青函」のつながりを感じるエピソードや、二〇余年を経て起きた奇跡的なエピソードまで。ご家族のことや、中学校の頃の想い出話まで、多岐に渡って語っていただきました。

青森も海外と同じ。険しい言葉・方言の壁

――高清水さんが函館から青森に来たのは、約二〇年前。青函トンネルが開通してからさほど年数が経っておらず、青森へ出ることは容易ではなかったのだとか。

「最初はとても悲しく、さびしかったです。海を渡るということは、海外へ行くことと同じくらいのこと。たとえ隣県の青森であったとしても同様です。」

――函館にいた頃から言葉の違いについて周りから聞いていたものの、戸惑いは想像以上だったそう。

「たとえば、『かちゃくちゃない』(ややこしい・わずらわしいなどの意味)。どういうニュアンスの言葉なのかすらわからないため、笑ったりとか表情で返事することもできないし、かといってゆっくりおっしゃってくださいと尋ね返してもわかる範囲のことではなく、つねに四苦八苦でした。」

――そんな言葉の違いから、当初は青森に対して怖いイメージを抱いていたほど。

「青森の人は気にかけてくださると、とても手厚く世話してくださって、愛情深いんです。知り合いも誰もいないなか、今の会社の社長は、夫婦で私をお世話してくださいました。」

青森とのつながりは産まれる前から
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「じつは祖母は青森に縁があるんです。父方の祖母は青森県の岩崎町に住んでいたことがあり、母方は青森県の大鰐町という地域出身で、二人とも函館にやってきて、結婚しました。今ではわたしの両親を函館から青森に呼び寄せ近くで暮らしています。こうして家族が青森にいるのは戻ってくる運命だったのかな、なんて思ってしまいます。」

派遣元にそのまま就職。社長の右腕として二人三脚で駆け抜けた

――現在、二つの会社の専務を兼任されている高清水さん。派遣・イベント運営を事業とする会社の方は、今年でちょうど創立から三十年が経ち、登録者数も二千人ほどの会社へと成長した。じつは高清水さん自身が派遣スタッフとして活躍中に、社長に見出されたのだとか。

「入社のきっかけはうちへの派遣登録。その後、社長から声をかけていただき直接雇用されました。そして、バリバリのキャリアウーマンの社長と朝から深夜までずっと一緒に働き続け、姉妹に間違われるほど。社長も女性でかつ子育ての経験があるということもあり、育休・産休がしっかり取れる会社です。たとえばスタッフの子供が体調を崩してしまったため、急にシフトを代わってもらうなど、みんながフォローし合って成り立ってきました。ただ、その環境に甘えることなく、しっかりやらないとですけどね。」

函館より青森が長くなって、とても感慨深いです

――函館より青森での生活が長くなり、仕事や家庭のイベントなどで、節目を感じる出来事が多くなってきたそうです。

seikan1-2「函館の会社で働いていた頃、青森支店の同僚とよく電話でやりとりをしていたのですが、なんとその方と、娘のPTAの集まりで偶然再会しました。仕事では、子役モデルとして登録していた子が結婚したり、当時一緒にイベントをやっていた子が、別の会社である程度の地位について、仕事をいただいたり。そういう出来事が青森に来てからたくさんあって、とても感慨深くなりましたね。函館の思い出としては、私が通った函館の中学校が近くに取り壊されることになって。タイムカプセルを埋めたはずなんですが、見つけられなくて…。函館にいたあの頃、なにを思っていたのかがすごく気になりました。

つい先日、ある会社から、派遣のご依頼をいただきました。その会社は、二〇年ほど前に私が今の会社に派遣スタッフとして在籍していた頃、産休代理として派遣された会社でした。その産休を取った方が、復職後二〇年以上ずっとそこで働いていて、私のことや、うちの会社のことも覚えていて上司の方に伝えてくださったようです。私もその社名を見て、もうびっくりしました。本当にとてもありがたいことです。これからも青森・函館双方のご縁を大切にしたいですね。」

株式会社エール・キャリアスタッフ:http://www.yell-cs.co.jp/
株式会社青森入浴ケアサービス:http://www.jomon.ne.jp/~nyuyoku/

函館編はこちら
http://workin.jp/news/seikan-hakodate

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